北海道生活について

目次

当初、北海道生活については書く気がなかった。
そもそも地元生活としてページわけをしているのに北海道のことを記事にするのは間違っていると思っていた。
ただ人生は一本の線で繋がっている。
今、地元で振り返っているのだから今起きていることだ。

北海道に向かうまで

会社員時代、このままではいけないと思っていた。
得意、不得意、やりたいこと、やりたくないこと、好き嫌い、理想の未来像はわかっていた。
何となく生きていきたくなかったのだ。
自分で仕事をしたいとは言いながらも何からやればいいかもわからない。
でもとにかくこの会社はやばいと思っていた。
このまま逃げられなくなると感じたので半ば脱走するかのように辞めた。

2022年2月、会社を辞めたことは誰にも言えなかった。
これはプライドが邪魔をしたのではない。
親に言えば「はやく就職しろ」と言われると想定できたからだ。
そういう問題じゃなかった。
心の問題もあったからそう簡単な話ではなかった。
かき回されるだけでろくなことにならない。これは中学生の時から学んだ結果。
では友人は?言った所で何も変わらないと思った。
ただ漠然とこのままではいけないと思っていた。
でもなにもやりたくなかった。とにかく休みたかった。
でも社会に繋がらないとダメだと思っていた。
自分で仕事を獲得していけるようなスキルもない、人脈もない。
なにも手元になかったのだ。
でもとにかく休みたかった。

そんな中6月末、ネット友達が富士急ハイランドに誘ってきた。
ネットの人とリアルで会うなんてありえないと思った。
でもやってみよう、行ってみようと思った。
おもしろかったかといえばおもしろかったがあまりおもしろくなかった。
出張という体で山梨県までやってきた。
このまま直行で帰るか?でもせっかくここまできたし帰ったところでまた公園ラーメン生活の始まりだ。
どうせ帰るなら旅行をしながら帰ろうと考えた。

静岡→愛知→三重

約2週間かけて旅行を行った。

世界は動いていた。

知らない土地 知らない文化 知らない建築 知らない人
こんなにも知らない景色があって綺麗で大きいんだと初めて実感した。
閉じた感情、抑え込んだ感情、景色や見たモノを考えるのではなく素直に「言葉」にしようと考えた。
楽しい、嬉しい、面白い、つまらない、綺麗、気持ち悪い、うるさい、何が美味しいのか等々。
明日はどこに行こうか?何を食べようか?どこで寝ようか?明日を考えた。
そして未知の世界もあった。
滝に洞窟、海に棚田、建築に陶芸、料理、歴史。
でも税金は残酷だった。lineで親から封筒の写真が送られてきたときはビビり倒した。
住民税に国保、生きるだけで金がかかるのかって初めて知った。
普通に生きる事もできないのか!?と思った。
とにかく金を稼がなければならないと思った。
でもとりあえず貯金はあるから払いつつ味を占めたので、また旅行に行きたくなった。

三重→滋賀→福井→石川→富山→岐阜→三重

1週間強の旅行。
旅行が終われがまたいつものつまらない日常に戻っていった。



この年の冬に、人との別れがあった。
別に名前がつくような関係じゃない。そもそも関係値なんてなかった。
当時の自分にとって、その存在は思っていた以上に大きかった。
気づけば生活の中心になっていた。

終わったんだなぁって思った。

そもそもなんでこんな結果になってしまったんだ?

自分に魅力がないからだと思った。
それも人が一人いなくなるだけで苦しくなるような空っぽだからだ。

自分を支えるものが偶像だと感じた。

結局何も変わらなかったと感じた。
高3の冬にとある作品に出会ったことがある。
理不尽な人生を背負ったまま死んだ人間たちが、死後の世界で必死に抗っていた。
その姿を見て、自分の人生について強烈に考えるようになった。

生きる意味とは何だ?
自分は何を成し遂げたいのか?
どう生きたいのか?

一言で言えるようなモノがなかった。
夢も理想もある。
ただまとまっていなくてとっ散らかった状態。
今まであまり考えもせずに何となく生きてきただけなんじゃないか。
そう思って、自分が恥ずかしくなった。
でも同時に、ここで初めて気づけたことが大きいと感じたから必死に、自分という人間を考え始めた。
その中で理想も夢もやりたいことも出てきたのに、考えただけでなにもできていない。
今まで何をやってたんだ。
だからこんな結果になったんだと思った。

誰かに話そうかなって思った。
でも辛い時に思い浮かぶ人が誰もいなかった。
いつまで自分は一人で抱え込まなきゃいけないんだ?一人で何とかする事にももういい加減疲れた。
家族もいて友人もいる。

それでも自分は本当の意味で一人なんだと思った。

涙は出た。
でも声にはならなかった。
いっそのこと自我が崩壊したら楽なのになんて考えた。
今までも辛いことはたくさんあった。
でも今回は桁違いだった。
あると思っていたものが手繰り寄せてもなにもなかった。
今までも一人だと感じてはいたがまさかここが崩壊するとは思ってもいなかった。
この世界に居られなくなってしまうんじゃないかと思った。

友人もいて家族とも話せる仲ではある。
何が違うんだ?
そもそも思い出話をして楽しいだけの友人なんて必要なのか?
いや思い出話をして笑える友人は大切だ。
きっとそれだけでいいんだ。
多くを求めてはだめだ。
やっぱりなにがあっても寄りかかること、預けることはできない。
僕にはやってみたいことや、将来の事、ちょっとした悩みや迷っていること。
そんなほんのちょっとを「うんうん」と聞いてくれる人が必要なんだ。
僕のことを承認してくれる人。
そもそも一人でいることは苦じゃない。むしろ誰にも邪魔されない時間がないとストレスがかかる。
皆とワイワイすることは別に求めていない。
一緒に高め合う仲間は欲しいが友人やキャッキャウフフの彼女が欲しいわけでもない。
ただ軽く会って話して職場仲間のような人間関係が一番合っていると感じた。
最終的には常に一緒に居るわけでも、生活するわけでもない人生のパートナーが必要だと考えた。

今までずっと、一人でやるしかなかった。だからできるようになった。
話をしても無碍にされる。話をする、聞くということだけで何も解決しない。
一人の方が解決策が見えてくるし言い訳も通用しない。
そうやって生きてきた結果、いずれ頼り方も分からなくなっていった。
でも本当に辛い時、人は一人だと駄目になってしまう。
あの時の選択は間違っていたのか?
それはない。
あの時はそうしなければ生きていけなかったからだ。
中学生の時の僕はいずれ一人では限界が来ると思っていた。
きっとそれが今なんだ。

これからどうしようか。
また同じようなことが起こったら次こそは本当にダメだ。
都合よく人は降ってこないから、とにかく何かをやってみようと考えた。
もう一度、ちゃんと自分でいろいろ経験してみようと考えた。

YouTube、料理、カメラ、絵、本、工作、DIY、キャンプ、靴磨き、酒、紅茶、コーヒー、釣り、旅行。

死なないための理由探し。

すべて金にならない。こんなことしててどうするんだと思ったけど新しい発見があった。

・YouTubeは撮るのも恥ずかしくて編集も難しくてとても簡単な世界じゃないこと。
・絵は昔からある程度描けたけど時間がかかりすぎる。現実的じゃない。
・本はやはりおもしろい。
・DIYのような工作はやはり得意だ。楽しい。
・カメラはおもしろくない。撮ったところで撮れただけで意外に綺麗に撮れない。
・靴磨きは意外に奥深い。
・紅茶はただ淹れるだけ。
・コーヒーはやっぱり苦くて美味しくないけど豆によって何となく味が違う?でも何が楽しくて飲んでいるのかわからなかった。でもドリップという行為は楽しかった。
・釣りはやはりおもしろくない。

それと同時に何か本物を知る必要があると感じた。
自分の範疇じゃなくてプロの世界。
食も美術も芸術も工芸品も陶芸もガラス細工も建築も。
美しい景色も、もっと広い世界を知ろうと思った。
カメラは単焦点レンズというものに変えると綺麗な所謂プロっぽい写真が撮れるらしい。
すぐに買って試したら背景が綺麗にボケる所謂プロっぽい写真が撮れたことがきっかけで写真にハマった。
オールドレンズだったので自分でピントを合わせる行為もプロっぽさに拍車をかけた。
旅行は趣味として現実的じゃないから趣味は日常に当たり前に存在できるものじゃないといけない。
また旅行に行きたくなった。
でもお金がかかるしお金が少なくなってきた。
なんとかしてお金を稼ごうと考えた。でも自分で稼ぐ能力もない。バイトもしたくない。
でもやってみるしかないと考えた。いい加減この状況を何とか打開するためにはバイトでもいいからなにかを始めるべきだと思った。
お金だけの問題ではない。この社会に取り残された問題も含めてだ。

2023年7月、バイトを始めて社会にもう一度繋がることができた。
ただバイトのみではなく自分のやりたいことも進めようと考えた。
ホームページを作ったり、YouTubeを撮ったり足掻いてみたが掴めない状態、妄想で膨らむ世界、夢物語の中だった。
でも正社員にはなりたくなかった。
なぜなら他人に自分の生活や人生を握られる感覚があったから。
普通の社会構造に入ると自分が死ぬと思った。
またあの生活に戻るのは嫌だし、一度なったらもうそれでいいと思ってしまい逃げられなくなると思った。
理想の生活と将来像はたしかにあり、絶対になにかを成し遂げたかった。
ただ漠然とこのままではいけないという気持ちはずっとあった。
そうやって月日は流れていった。

2024年10月、地元のガソスタでアルバイトをしていたが次のステップにいきたくなった。
いけると確信があった。
とにかく何をするにしたってお金が足らなかったのでより給料の良い所にいくか、掛け持ちを考えていた。
ただそれもしっくりこない。
それでは種類の違うただのアルバイト。もしくは正社員で腹をくくるしかない状態。
今までと何も変わらない。
今までとなにか違うあっと驚くようななにかが欲しかった。
地元は嫌な思い出ばかりだし生きづらかった。
いい加減、関西と東海地域の人や文化も嫌気がさしていた。
こんな狭い世界じゃなくてとにかく地元から抜け出してどこか遠い所にいきたかった。
自分の存在を知らないどこか、自分も知らない人と地域。
そもそも旅行がしたかった。いろんな景色を見てご飯を食べてギャラリーや博物館、色んな見た事のないモノを感じたかった。
でもお金がない。
一か月の中で旅行に行けば来月の給料は少なくなるジレンマ。
バイトでお金を稼いで旅行に行く、その繰り返しの生活になる。
僕は半永久的に旅行がしたかった。
当時流行っていた車中泊旅YouTuberみたいなことをしながら生活する?どこかに拠点を作ってアルバイトをしながら旅をするか?
全ての選択肢において上手くいかない。
じゃあどうすればいいんや!となったときに偶然、ネット広告でリゾバの存在を知った。
日本全国求人があって住み込みで働くことができるらしい。
こんな美味しい話があるのか!?まさに僕のためにあるかのような話だと思ってネット詐欺だと勘違いしたくらいだった。
派遣かぁと思ったがバイトと何も変わらないし正社員よりはずっとマシだった。

考えれば考えるほどで世界が開けた。

旅をしながら働くことができる。
しかも僕の旅行の原点は長期滞在、その地で住むことに対して強い想いがあった。
もしかしたら旅の途中でその土地に居着くかもしれない。会社員をやっているかもしれない。
ただ地元だけじゃなくて日本各地に知り合いや同僚ができたら一人に苦しむことはないかもしれない。
その中で理解者や、自分にとって大切な人や環境、仲間たちができたなら。
いつか思い出になろうともそれはきっと宝物だ。
それが自分の支えになりえると考えた。
だってこれは自分が必要だと考えて作りに行く人間関係だ。学生のような与えられてできる関係じゃない。
しかも派遣、数年という限りのある時間の中で作るということに意味があると感じた。
そして別れも数年単位だ。
これなら余計なしがらみに囚われることもない。
同時に一生は続けられないと思った。
いつかは終わりが来る生活だ。
でも必要なことだと思った。
同時にこれはきっと辛いこと、寂しいことをやろうとしているのかもしれないとは感じた。
もしかしたら別れを経験したら同じように辛くなるかもしれない。
何度もはじめましてからさようならを経験するということだから。
でもその時の別れと今までは何か違うと思った。
それを経験して自分が何を感じるのか?これが大切だと思った。
その中でいろいろな新しいことをして経験、スキルを積む。
やったことのない職種で必要とされるくらいにやりきる。
いつか自分で仕事をするときにその経験とスキルが無駄にならないと思った。
将来コケてもただの「ガソスタアルバイト」という経歴よりもホテルで働いてましたという方が経歴としても生きていけると考えた。

これなら自分の世界を変えられるかもしれない。
どうせなら未知の世界、一番遠い所に行こうということで北海道に決めたのだ。

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